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東京高等裁判所 昭和24年(ナ)9号 判決

原告

小原由太郞

被告

埼玉県選挙管理委員会委員長

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

請求の趣旨

原告訴訟代理人は昭和二十四年一月二十三日執行の埼玉縣第三選挙区の衆議院議員選挙はこれを無効とする。訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、被告訴訟代理人は原告の請求を棄却するとの判決を求めた。

事実

昭和二十三年十二月二十七日政府は昭和二十四年一月二十三日に衆議院議員の総選挙を施行することを公示し、同日施行された埼玉縣第三選挙区の衆議院議員選挙に於て候補者十名なりしところ、選挙の結果当選高田富之三万九千二十五票、同阿佐美廣治三万六千六百六十二票、同高間松吉二万九千百二十八票、次点松崎朝治二万四千七百二十四票となつた。原告は右埼玉縣第三選挙区の選挙人であるが、右第三区の選挙は左に述べる理由により選挙の規定に違反し、且つその違反は選挙の結果に異動を及ぼすものとして無効たるべきものである。

選挙の公正を確保し、以て民主政治の健全な発達に寄與することを目的とする政治資金規正法によれば衆議院議員選挙の候補者は選挙期日の公示又は告示の日前一年間に爲した総ての寄附について、寄附を受けた者の氏名、寄附の金額及び年月日を記載した報告書を立候補の届出後七日内に当該選挙に関する事務を管理する選挙管理委員会に提出することを要し(同法第三十五條第二項)、この報告書には眞実の記載が爲されていることを誓う旨の文書を添えなければならない(同法第四十九條)。而してこの報告書を受理した当該選挙管理委員会はその要旨を公表し(同法第三十三條)又その受理した日より二年間これを保有することを要し、何人もその期間内その報告書の閲覽を請求し得るのである。されば右選挙に於ける当選人高間松吉は昭和二十三年十二月二十七日立候補の届出を爲したのであるから、それより七日内に、選挙の公示の日たる昭和二十三年十二月二十七日以前一年間に爲した総ての寄附について、報告書を提出すべきであつたに拘らず同人は、(一)昭和二十四年一月一日別紙目録第一記載、(二)同年同月四日同目録第二記載、(三)同年同月七日同目録第三記載、(四)同年同月三十一日同目録第四記載(五)同年二月八日同目録第五記載の如き寄附に関する報告書を埼玉縣選挙管理委員会に提出し、而して同委員会は同選挙区の他の候補者の寄附に関する報告書の要旨と共に高間松吉の右、(一)乃至(三)の報告書の要旨を昭和二十四年一月十五日埼玉縣報号外を以て公表し且つ右、(一)乃至(五)の報告書につき、夫々受理した日より一般人の閲覽の請求に應じたのである。

右の事実は次の諸点で政治資金規正法に違反する。即ち(イ)高間は法定の期間内に総ての寄附についての報告書を提出すべきであつたに拘らず、期間内に提出したのは右(一)の報告書のみである。(ロ)埼玉縣選挙管理委員会は法定の提出期間内に提出された寄附に関する報告書のみを受理すべきであるに拘らず、高間の期間後に提出した右(二)乃至(五)の報告書を受理し、(ハ)又同委員会は法定の提出期間内に提出された報告書のみを公表すべきであるに拘らず、高間の期間経過後に提出した右(二)及び(三)の報告書記載の寄附の要旨をも昭和二十四年一月十五日埼玉縣報号外を以て公表し、(二)又同委員会は一般人の閲覽に供すべき報告書は法定の期間内に提出された報告書のみに限るに拘らず、期間経過後に提出された右(二)乃至(五)の報告書を夫々受理した日より一般人の閲覽に供した。(ホ)加之右(一)の寄附中(19)の熊谷市消防團に対する昭和二十三年十二月三十一日に爲された金一万円の寄附は本件選挙の関係区域内に在る者に対する寄附であり且つ選挙の公示の以後に爲されたものであるからその寄附は選挙に関し爲された寄附として違法のものであるに拘らず、埼玉縣選挙管理委員会はこれを右号外を以て、(一)のその他の寄附と共にこれを公表したのは違法である。

惟うに政治資金規定法が寄附に関する規定を設けた所以は、候補者の寄附は実質上事前の選挙運動であるから、選挙の公示前一年間に爲した寄附の内容を國民に公開し、公正な批判の資料を與え、寄附の面を通じて候補者の人格、活動状況又は潜在的の選挙運動を認識せしめ、以て選挙をして公正且つ明朗に行わしめん爲に外ならない。從つてその批判の資料となるべき候補者提出の報告書が違法のものであり、その公表閲覽が違法に行われた場合、選挙人の候補者に対する批判及び認識を誤るは当然であり、その爲選挙の結果に異動を及ぼす虞あことは多言を要しない。即ち、同法所定の候補者の寄附に関する報告書の提出、当該選挙管理委員会のこれが受理及びその要旨の公表並びに該報告書の閲覽に関する規定は、直接衆議院議員選挙法に規定されるものではないが、廣義に於て選挙の規定に属するものであり、然も選挙の有効要件たるものと解しなければならない。從つてこれに違反して爲された本件選挙は無効である。

被告訴訟代理人の答弁は次の通りである。

原告主張事実中、本件選挙が、選挙の規定に違反し、選挙の結果に異動を及ぼすべき虞ありとのことを否認し、その他は総て認める。

立証として、原告訴訟代理人は甲第一号証を提出し、被告訴訟代理人はその成立を認めると述べた。

理由

昭和二十三年十二月二十七日政府が昭和二十四年一月二十三日衆議院議員の総選挙を施行することを公示し同日施行された埼玉縣第三選挙区の衆議院議員選挙に於て定員三名のところ原告主張の如き得票数を以て当落が決したこと、当選人高間松吉が昭和二十三年十二月二十七日立候補の届出を爲し、その後五回に亙り原告主張の日に別紙目録第一乃至第五記載の如き寄附に関する報告書を埼玉縣選挙管理委員会に提出し、同委員会がこれを受理し、その提出の報告書につき、原告主張の如く公表を爲し、又これを閣覽に供したこと及び原告が右選挙区の選挙人なることは、孰れも本件当事者間に爭のない所である。

而して政治資金規正法によれば、衆議院議員選挙の候補者は選挙日の公示又は告示の日前一年間に爲した総ての寄附について寄附を受けた者の氏名、寄附の金額及びその年月日を記載した報告書を立候補の届出後七日内に当該選挙に関する事務を管理する選挙管理委員会に提出することを要し、同委員会はこの報告書を受理した後その要旨を公表することを要し、又その受理した日より二年間これを保有することを要し、何人もその閣覽を請求し得るのである。而して当事者間に爭なき右事実によれば本件の場合高間松吉は昭和二十三年十二月二十七日立候補の届出を爲したのであるから、それより七日内に選挙の公示の日たる昭和二十三年十二月二十七日以前爲した総ての寄附について報告書を埼玉縣選挙管理委員会に提出すべきであつたに拘らす(イ)右の期間内に提出したのは別紙目録第一記載の寄附のみであり、同目録第二乃至第五記載の寄附に関する報告書の提出は期間経過後に爲されたものであること、(ロ)埼玉縣選挙管理委員会は期間経過後に提出された同目録第二乃至第五記載の寄附に関する報告書を受理し、(ハ)同委員会は期間経過後に提出された右目録第二及び第三記載の寄附の要旨を昭和二十四年一月十五日埼玉縣報号外を以て公表し、(ニ)同委員会は又期間経過後提出された右目録第二乃至第五記載の寄附の報告書を夫々受理の日より一般人の閣覽に供したこと及び(ホ)別紙目録第一記載の寄附中の(19)の熊谷市消防團に対する昭和二十三年十二月三十一日に爲された金一万円の寄附は選挙の公示以後に爲されたものであることは明かである。

原告は右(イ)乃至(ホ)を以て政治資金規正法に違反するものとし、而してその違反は又選挙の規定に違反するものであると主張するのでこの点を判断する。衆議院議員選挙が無効たるには、選挙の規定に反したるため選挙の公正且つ自由に施行せらるゝを阻害し、以て選挙の結果に異動を生ぜしめる虞あることを要し、こゝに選挙の規定に反するとは、選挙管理の任に当る機関が選挙の管理執行の手続に関する規定に違反することを意味する。

從つて前記認定の(イ)は候補者高間松吉に於て、政治資金規正法の定める寄附に関する報告書の提出期間を遵守せざりしものであり、即ち選挙の管理の任に当る機関に於て違反ありしものでないから、これを以て選挙無効の原因と爲し得ない。次に前記認定の(ロ)乃至(ホ)の事実につき考えるに政治資金規正法の規定は選挙に関する規定と謂い得ても、選挙の規定とは謂い得ない。蓋し前述の如く選挙の規定とは選挙の管理執行の手続に関する規定を意味するに拘らず同法は直接これに関する規定でなく、政治資金の公開、殊に選挙運動に関し使用せらるる資金の公開の面より、間接に選挙を公正に施行せしめんとしたものであるからである。從つて同法の規定に違反ある場合に於てもその違反は選挙無効の原因となり得ざる所である。然らば原告は埼玉縣選挙管理委員会の右(ロ)乃至(ホ)の行爲を以て、本件選挙の無効原因として主張し得ないことは明かである。加之原告主張の右(イ)乃至(ホ)によつて本件選挙の結果に異動を及ぼす虞ありとの点については、何等これを認むるに足る証拠も存在しない。

仍て原告の本訴請求を棄却すべきものとし、民事訴訟法第八十九條を適用して主文の通り判決する。

目録

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